掌編 『What a Wonderful World』
『dNoVels』のコミュ『短編小説ばかり書いている』のトピック『短編書こうよ♪』の三題噺からです。
お題は 『宇宙船』『メイド』『マッチ』でした。
「ねぇねぇ! あんた聞いた?」
カナコのセリフは何時だって唐突だ。
それがどこであろうと一切気にしない。そんなところもまたカナコらしい。
私は少し遅い昼食を、プリントアウトの『小型超音速実験機の第2 回飛行実験における表面静圧計測システム(JAXAのサイトからダウンロードしたPDF)』を片手に、いかにも残り物という感じのAランチを半分と、家から持参のスポーツドリンクで終えたところだった。
「なにを?」
今出来る事をすべく、黙って心の準備をする。これからカナコの話題に付き合わなくてはならないのだ。
それまで読んでいたプリントアウトを丁寧にしまいこみ、スポーツドリンクの残りを無理やり飲み込む。
「なにって決まってるじゃない! ・ユ・ウ・コ・!」
カナコと私の付き合いは、今日で一二年と三ヶ月、と、たぶん二週間くらいになるはずだが、これまで一度も、彼女のこの『決まってるじゃない』に心当たりの合ったためしがない。
「しらない」
もちろんユウコは知っている。カナコと同じだけの期間交友関係を維持してきた、私には非常に貴重な人物である。
が、知っているか? と問われて即座に思いつくような、最近の彼女の動向についての情報はしらない。返答としてはこれで正しいはずだった。
さらに私の返事にカナコの顔が喜びに輝いた、というか、輝いたように見えたことから、どうやらその話を知らないのはごく少数派となっているらしいと察しがついた。
カナコは噂話が大好きなわりに、情報収集が下手で、そのニュースとしての価値が低下した頃に始めて知る事が多いのだ。
当然、カナコがその話題をニュースとして披露する事が可能な相手は限られてくる。
例えば私だ。
「ええっ! 知らないの?」
もちろん知るはずがない、というより、あのセリフだけで察して欲しいと要求するのは私には酷な話だ。
それ以前に、どういう訳かカナコは、私が知らない話だという事をこれで確信したらしい。
私はなぜか人に――特に同姓に――憐れまれる事が多いが、どうやら今回もその類の話であるらしい。
私は無言のまま、片手をあげてカナコに話の先を促す。
「ユウコね、妊娠したんだって!」
どうやら私は、珍しくカナコより先に最新のゴシップ情報にふれていたらしい。
「それなら聞いたと思う。教育の誰かが父親だって――」
「やっだぁー! もしかしてなんにも知らないのぉっ?」
……間違いない。カナコは私が知らない事を知っていたに違いない。
だが、それが彼女の中でどう変化して、これほどの笑顔を作り出すのだろう?
悪気はないが、邪気に満ちた、ある意味実に魅力的な笑顔である。
「あのね、・そ・の・子供が出来たって話は嘘だったんだって!」
は?
「……だからね? あの子、ユウスケと付き合うためにね――」
『最終兵器』を使用して男をつなぎとめようとしたが、それがブラフだったと男に気付かれた。
カナコの説明を聞きながら、覚束ないながらも若い女性の恋心というもののパターンを思い浮かべて、なんとかユウコの心情に迫ろうと試みる。
これでもユウコとは付き合いが長いのだ。
……が、行動パターンとしては認識できるが、私にとっては完全に理解の範疇を超えている。やっぱりユウコの考えはさっぱりわからない。
「なるほど、でも、なんで妊娠なんて嘘を? すぐにバレてしまうだろうに?」
「ええっ! ばれるわけないじゃない!」
「なぜ?」
「ホントに作っちゃえばいいだけでしょ! あんたねぇ、せっかくそんなに美人なのに、そんなんじゃ本当に一生一人者で終わっちゃうよぉ? 宇宙船なんていくつになっても作れるけど、子供は若いうちしか作れないってわかってる?」
なるほど――……って、どっちもそんなに簡単に作れるものじゃないはずだが?
「……ならなんでバレたんだ?」
「違う違う! バレたんじゃなくて、自分でばらしたの!」
……意味がわからない。が、どうやらカナコは本格的に腰を据えるつもりらしい。
確か一つ三〇万円以上はするはずの、イタリアだかフランスだかの、皮製鞄製造販売会社の定番商品から、オレンジ色のテープが張られたペットボトルの緑茶と、スナック菓子を複数取り出し、テーブルに並べる。ここから見る限り、残った中身は化粧ポーチと携帯電話だけらしい。
ちなみに私は550デニールもある、テフロン加工された耐火繊維で作られた、NASA関連企業が特別生産した、限定販売のバックパックを愛用している。
カナコは自身のバックを一生物と言うが、それについては疑わしいこと甚だしい。
しかし私のバックパックはまず確実に一生物である。
……その間にもカナコの口と手はは滑らかに動き続け、次々に明かされる驚異の物語に、私はひたすら驚きながら、耳を傾ける。
「……それでね、あの子ってばそのバイト先で知り合ったオッサ、ごめん、おじさんと――」
と、長々と、ユウスケの略歴からユウコの近況、更にはカナコ自身のバイト先とユウコのバイト先の相違点(オプションの有無――詳しい事は私には早すぎるそうだ)等々、様々な補足情報を交えながらも、カナコの話はどうやら佳境にはいってきたらしい。
らしい、というのは、私には理解できない用語や言い回しがあまりにも多かったためであり、カナコの声が興奮状態にある事を示しているからだ。
「つまり、ユウコは、バイト先のメード喫茶で――」
「メイド、メイド喫茶!」
Mede? ナントカメイドのナントカを省略してるのか? それとも冥途、冥土だろうか? 接待があるなら、女の子が接待してくれるお化け屋敷みたいな所かも? そういえば、確か渋谷だか六本木にそんな店があると聞いた覚えが……。
「――冥土喫茶で出会った年上の男を好きになったから、ユウスケとの間に出来た子供がいらなくなった?」
あ、それは嘘だったんだっけ。なら、えっと、本当の事を話したって事?
「それがね、あのね、ユウコってば……」
なるほど、実はここからが本題だったわけか?
「――でね? 今度は本当に、その年上のおじさんの子供が出来ちゃったっんだって! でね、でね、聞いてよ、その話聞いて、今度はユウスケ君がキレちゃって――!」
キレた、というのはつまり突然、大した理由もなく激怒する事を言うことだと思っていたが、どうやら真っ当な理由があっても、激怒した場合にはキレた、と表現するらしい。
「――ちょっと、聞いてる? 物凄く大事な話をしてるんだってわかってる? これってあんたにも関係あるんだよ?」
それはもちろん、いわば竹馬の友という最も大切とされる友人のカテゴリーにある相手についての話題とあれば、知らないままでいいとは、人情としていえないはずである。
「もちろん。しかし、ユウコはつまり、自分で火をつけて、消火に失敗したわけだ、いや、火事にあっているのに気付かず火をつけたのかな?」
と、私にしては珍しく正確に状況を描写できたと思ったのだが、カナコには通じなかったらしい。
「え! ユウコって放火魔?」
もちろん違う。こっちがビックリした。
「違う。つまり、失敗したマッチポンプ、いや、本当になったわけだから――」
「あー聞いた事ある、えっと、それ、誰だっけ、ジャニーズだっけ? あ、ヨシモトだ!」
んー、たぶん違う。
「……例え話で、こっそり自分で火をつけて事件を起こし、公けに自分が火を消す事で何らかの利益を得ることをいう、事件を起こす事をマッチと呼び、それを解決する事をポンプという和製英語……」
「――あああああっ! もう! やめて! マッチでもバンプでも誰でもいいわよ! それであんたはユウコの年上の相手が誰かとか、ユウコがその子供をどうするのかとか、そーゆーのは全然気にならないわけ?」
もちろんここまで聞いた以上、結末があるなら知りたいとは思う。
「教えて欲しい」
「だったら黙って聞いてて!」
本当に黙って聞いていたら余計にカナコを怒らせる、それこそキレられる事は知っていたが、それはこの際言わずにおく。
私は常々経験を無駄にしない人間でありたいと思っているのだ。
……それにしても、一体カナコのこの表情にはどんな意味があるのだろう?、
「あのね、驚かないで聞いてね?」
黙って、驚かない。
……驚かないのは難しいかもしれない。カナコは私が絶対に驚くはずだと思っているらしいのだから。
「わかった」
「あのね――」
……え?
どうやら私は聞き逃したらしい。
「え?」
「だから! おじさん! あんたのお父さん! そりゃあんたのお父さんは独身だし、メイド喫茶くらい別に――それに、見た目も悪くないし、でも、いくらなんでも、ね? だって、だってさ、ユウコってば、そうよ、あの子、あんたの妹を――……!」
……そして、私は、生まれて初めて失神という状態を経験し、生まれて初めて救急車によって搬送されるという経験をした、らしい。
……私には、理解できない事が多すぎる――!
おしまい(?)
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Linkに説明があります
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